上川大雪酒造 緑丘蔵を訪ねて
2026年に設立10周年の節目を迎える
雄大な大雪山麓に息づく蔵
北海道の大自然は、豊かな水と四季の巡りによって育まれる食文化の宝庫。その北海道のほぼ中央、大雪山系の雄大な自然に囲まれた上川町で、2017年に誕生したのが上川大雪酒造の「緑丘蔵(りょっきゅうぐら)」だ。
地域初となる日本酒蔵を設立し、地元の風土を活かした酒造りに挑むこの蔵は、「普通に造る。けれど“つい飲んでしまう”酒をつくる」という理念のもと、いまでは道内外の日本酒ファンから注目を集めている。
蔵の名前にある「緑丘」は、初代蔵元の塚原敏夫の母校である小樽商科大学のOB会にちなんでいる。周囲の緑豊かな丘陵と澄んだ空気を想起させ、まさにこの土地の特性を表現している。
かつては酒蔵のなかったこの地域に、地元の資源を活かして新たな価値を創造したいという思いから酒造りプロジェクトが立ち上がった。蔵が設立された背景には、地域活性化というテーマがあった。観光地として知られる大雪山国立公園や層雲峡温泉を訪れる人々に、地元ならではの酒文化を届けることで地域の魅力を高めたいという思いが込められている。緑丘蔵では、北海道の屋根とも呼ばれる大雪山の雪解け水が年間を通じて湧き出しており、その清冽な水は酒造りに理想的な仕込み水になる。
日本酒造りに欠かせない「水と米」
緑丘蔵は、雪解け水×寒冷地米という北海道ならではの条件を最大限に活かしている。仕込み水には大雪山系からの超軟水を利用。この天然水は年間平均約7℃という低温を保ち、まろやかで雑味のないクリアな酒質をもたらしてくれる。
また、上川大雪酒造がこだわっているのが北海道の酒米。緑丘蔵では上川町産・上川管内産の「吟風」、「彗星」、「きたしずく」の3種類の酒造好適米を使用している。日ごろから顔を合わせている気心の知れた生産者と連携し、米の出来栄えを毎年確認しながら酒造りを行っている。こうした素材選びを徹底し、手造りによる伝統的な製法で仕込みを行うことで、緑丘蔵の酒は滑らかで飲み飽きしない味わいになる。
現在、緑丘蔵では上川町や愛別町など近隣の農業地域との連携を図り、地元産の米を積極的に採用することで、酒造りが地域農業の活性化へとつながっている。こうした連携は「地産地消」という言葉に留まらず、地域全体の持続可能な価値創出をめざす動きとして評価されている。
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蔵人は蒸し上がった米の硬さ、表面の乾き具合、でんぷんの糊化などチェック、これらは五感で判断される
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蒸し終わった米は、そのまま使うと熱すぎるため、簀の子の上に広げて、一旦冷却。十分に冷却した後、隣接の麹室(こうじむろ)へ移動
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麹室に引き込み種切り作業を行う、手際のよさと真摯な酒造りの鋭い感覚を目の当たりにした
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蒸した米に麹菌を繁殖させる「製麹(せいぎく)」という工程が行われる、麹菌を植え付けた米は一定の室温を保つ麹室で大切に育てられる
「飲まさる酒」を造る杜氏
厳冬の時節、緑丘蔵は繁忙期を迎えていた。酒造りは9月から翌年8月まで、ほぼ年間を通して行われる。手造り、小仕込みで品質を最重要視した少量生産ではあるが、12月は年末年始を目前に出荷作業がピークになる。
1年で最も忙しいこの時期、蔵での製造・貯蔵・品質管理まで酒造りのすべてを統括しているのが、小岩隆一杜氏。
小岩杜氏が手がける酒造りは、緑丘蔵の理念である 「飲まさる酒(=つい飲んでしまう酒)」 を体現している。その言葉には「香りや味わいが突出するタイプではなく、食事と一緒に自然に楽しめる、飽きずに杯を重ねられる酒」を造るという意味が込められている。
そのため、香味の主張を抑えつつも米と水の良さがわかりやすく感じられるような味わいを追求することが酒造りの基本方針になっており、酒米や仕込み水へのこだわりを大切にし、シンプルで日常に寄り添う味わいを目指している。
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緑丘蔵2代目杜氏 小岩 隆一
江別市出身、北海道東海大学卒。日本清酒で8年間清酒造りを修行、九重味醂を経て2017年に上川大雪酒造に副杜氏として入社。2020年杜氏となり現在に至る
豊富な酒質とその特徴
緑丘蔵で醸される日本酒は、基本的には純米酒を中心としたラインナップ。代表的なものは3つ。「特別純米酒」は北海道産の酒造好適米を使用し、精米歩合60%程度まで磨く。まろやかで穏やかな香り、すっきりとした喉越しが特徴。和食全般との相性がよく、食中酒として人気がある。北海道産の「彗星」、「吟風」、「きたしずく」などの酒造好適米を50%前後まで磨いた「純米吟醸」は、フルーティーで柔らかな香りと、米の旨味がバランスよく感じられる仕上がり。冷やしても燗でも楽しめ、飲み手の好みに幅広く対応する酒。「純米大吟醸/しずく取り」は最高級クラスとして、伝統的な袋吊り製法で雫だけを集めた純米大吟醸も存在する。これは非常に手間がかかる工程で、繊細な香りとまろやかな口当たりを持ち、特別なひとときにふさわしい逸品として人気。こうしたラインナップは、蔵の基本理念である「飲まさる酒」を具現化しており、香味の過度な主張を避けつつ、爽やかで飲み心地の良さを追求している。2023年新酒鑑評会で緑丘蔵は複数部門で金賞受賞、2025年には「上川大雪 純米大吟醸30% 雫取り」が全国新酒鑑評会で金賞を受賞した。
地域との関係性
緑丘蔵は単なる酒蔵ではなく、地域文化と観光の交流点としての役割も担っている。併設されたギフトショップでは、緑丘蔵の酒のみならず、酒粕やチーズ、さらに関連グッズ、地元ならではのアイテムも取り揃えられている。また、訪れた観光客が気軽に蔵を外側から見ることのできる大きな見学窓が設けられており、仕込みの様子を垣間見ることができる。これは酒好きだけではなく家族連れや観光客にも参加しやすい、地域交流の場にもなっている。
緑丘蔵は上川町の観光スポットとしても人気がある。旭川紋別道のICから近く、層雲峡温泉からもアクセスしやすい立地のため、観光ルートのひとつとして酒蔵見学や試飲を目的に訪れる人も多い。蔵の周辺は大雪山の雄大な自然を望むことができ、四季折々の景色とともに酒蔵巡りが楽しめる。また、近隣には層雲峡の渓谷美やロープウェイ、登山ルートなどアウトドアを楽しめるポイントも多く、雪解けから秋にかけての風景は多くの観光客を引きつけてやまない。
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仕込みタンクでは1ヵ月以上かけてじっくりと発酵させる。地元の企業から発注された特別な酒も醸造されていた
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ラベルの五角形を有する家紋は大雪山の「大」、美しい「雪」、「アイヌ文様」をモチーフに、日本酒の五味、甘・酸・辛・苦・渋を表現
2026年創立10周年の意義
2026年は、上川大雪酒造が設立された年から数えて10周年にあたる節目の年。同社では10年という年は単なる時間の区切り以上に、これまでの歩みを振り返り、これからの展望を示す大切な年として位置づけている。
また、2025年11月、緑丘蔵では「蔵まつり」が開催された。これは10周年を前に、これまで支えてくれた人たちへの感謝を伝えるイベントとして企画されたもので、振る舞い酒や新酒の紹介、限定酒、グッズ販売などが行われた。「イベント当日はうちの蔵のみならず、上川町の観光施設や飲食店も賑わいをみせ、地域に大きな波及効果をもたらしました。来年も同じ時期にイベントを開催する予定です。2026年秋は10周年を祝うため、さぞや盛況になることでしょう」と、小岩杜氏は意気揚々と語る。
2025年12月、上川大雪酒造は網走市に新たな酒蔵を立ち上げることを発表し、話題となった。網走市での新酒蔵の地鎮祭が行われたことが大きく伝えられた。上川大雪酒造はこれまで北海道内で複数の酒蔵を運営。現在は上川町「緑丘蔵」と、帯広畜産大学内の「碧雲蔵」を持つ。これに続く道内3ヵ所目の酒蔵として「網走蔵(仮称)」を設立し、日本酒の醸造を開始する計画が進んでいる。新蔵が誕生するのは、網走市天都山エリアにある展望台、オホーツク流氷館に隣接する場所だ。この場所は観光拠点としても知られており、オホーツク海や知床連山を望む眺望が魅力。2025年末に着工、2026年夏から秋ごろの竣工・稼働開始が見込まれており、2026年秋に新酒が出荷される予定だ。
上川町には上川大雪酒造グループが関わる施設が複数ある。「緑丘茶房」は大雪森のガーデン内にあり、酒粕ジェラートなどを提供しているカフェ。森のガーデンには三國清三監修のレストラン「フラテッロ・ディ・ミクニ」もあり、上川大雪と料理のペアリングなど地域の食文化との融合も楽しめる。また、同グループが2023年春にオープンしたのが、「KAMIKAWA KITCHEN」。工房でチーズづくりを一手に担っているのが、松丸瞳フロマジェ(チーズ職人)。「第15回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテスト」で優秀賞を受賞した。
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1 Enjoy日本酒Smile スパークリング シャンパンと同様の製法・瓶内2次発酵させた日本酒、赤いギフトBOXで期間限定登場 2 上川大雪 有機日本酒 生酒 いっさいの化学肥料を使用せずに栽培した酒造好適米で醸した「100%オーガニック日本酒」を生酒で楽しめる 3 Apple acid リンゴ酸を多く生成する酵母を使用。鮮烈な果実味に甘みと酸味が見ごとに調和、上川大雪酒造ギフトショップ限定
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上川大雪酒造 Gift Shop
〒078-1761 上川郡上川町旭町25番地1
TEL.01658-7-7380
営業時間/10:00〜16:00(夏季) 10:00〜15:00(冬季) 定休日/不定休(詳細は問い合わせを)
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KAMIKAWA KITCHEN
〒078-1744 上川郡上川町北町189-3
TEL.01658-7-7201
https://kamikawa-kitchen.com/
営業時間/10:00〜16:00 定休日/火曜日・水曜日
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KAMIKAWA HOTEL
〒078-1741 上川郡上川町中央町560
TEL.01658-7-7210
https://primenet2010.biz/kamikawa-hotel/
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緑丘茶房
〒078-1721 上川郡上川町字菊水841番地8 大雪森のガーデン
https://www.daisetsu-asahigaoka.jp/sabo.html
営業期間/4月下旬〜10月中旬 ※大雪森のガーデンに準じる
営業時間/9:00〜16:00
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フラテッロ・ディ・ミクニ
〒078-1721 上川郡上川町字菊水旭ヶ丘
TEL.01658-2-3921
https://fratello-di-mikuni.com
営業時間/ランチ 11:30〜14:00 ディナー 18:00〜20:00
定休日/火曜日